7月8日 ギリシャ(1):マルマリス~ロドス島 「ギリシャへ」


ギリシャ国旗

「起床」
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昨日、午後5時と早い時間に寝たことと、パブロンを飲んだこともあって、体は思ったより回復していた。もう少しゆっくりして体を休めたかったが、今日の朝出発するマルマリス行きのバスチケットがもうすでにあったので、私は出発するしかなかった。

昨日と同じように朝食を済ませ、バス出発の時間まで部屋でテレビを見て暇を潰した。テレビはトルコ語でよくわからなかったが、どうやらイスタンブールでテロがあったことを伝えて
いるようだ。

ついこの間までイスタンブールにいた私は冷や汗をかいた。そういえば今イタリアでG8(先進国首脳会議)が開かれているはずだ。このような国際的なイベントがある時は、テロが起こりやすい。今はテロが起こりやすい都市部にはあまり行かない方が良いのかもしれない。

出発時刻が近づいたので、私は部屋を出ようとした。しかし、ドアが開かない!鍵を開けても閉めてもドアが開かないのだ!このドアノブは昨日からガタガタしていたが、どうやら壊れてしまったようだ。バスの時間が迫っているので私は焦った。ガチャガチャする音を聞き、ホテルの従業員が気づいたようで、従業員もドアを開けようとしてくれた。何度も鍵を開け閉めしてドアノブをガチャガチャして、ようやくドアが開いた。なんだかこのホテルではトラブルが続く。

ドアを開けると、バス会社の人が迎えに来てくれていた。バスへの乗車時刻へはまだ時間があったが、わざわざ迎えに来てくれたようだ。

「マルマリスへのバス」
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バス会社の人は私を一度オフィスに連れていき、待っているように伝えた。5分ほど待つと、タクシーがやってきた。どうやらこのタクシーでバスターミナルに行くようだ。

タクシー代はバス会社が持ってくれるのか、タクシーへは代金を払わずに済んだ。そしてバスチケットを持って、たくさんのバス会社の窓口が並ぶところへ行った。すると、Ben Turistsというバス会社の受付が、
「こっちにこい、こっちにこい。」
と言ってくる。そしてチケットを差し出すと、
「わかった。それじゃあよこしなさい。」
と言ってチケットを取られた。そしてジョークなのか、馬鹿にしているのかわからないが、
「それじゃあバイバイ。」
といってくる。そして私が怒った様子でいると、
「今オリジナルのチケットに切り替えるから。」
と言う。しばらくして、別のチケットを手渡された。そしてまた別のバス会社の人がやってきて、
「Chin?(確かトルコ語で「中国人?」)」
と高い声で馬鹿にしたような声で言ってくる。なんで初対面の人にここまで馬鹿にされなければならないのだろうか。これが差別というものなのだろうか。私はとにかく良い気分になれなかった。

そしてバスは15分程遅れて到着。バスは最新式のもので、とても乗り心地の良いものだった。

マルマリス
「マルマリス着」
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バスは3時間程でマルマリスに到着した。マルマリスはトルコの南西に位置し、ギリシャのロドス島に一
番近い都市である。このマルマリスからギリシャのロドス島へフェリーが出ている。

トルコの大地は素晴しい。イスタンブールも、カッパドキアも、パムッカレもとても美しく魅力的な街だった。しかし、トルコの人々はあまり好きになれない。トルコの全ての人に出会ったわけではないが、どこか信用できないところがある。これは私だけだろうか。

そういった理由と、長い間トルコに居過ぎたことから、私は早くトルコを抜け出し、ギリシャへと進みたかった。

なので、私はマルマリスのスーパーで菓子パンと飲むヨーグルトを買って食べ、急いでロドス島行きの船を探した。最初、イスタンブールのように公共交通機関があるのかと思い、探したが見当たらない。そこで私は街中の人々にどこにフェリー乗り場があるのか聞いた。すると、多くの人が知らないようで、
「あそこにある旅行会社に聞くといいよ。」
と言う。私はトルコの旅行会社というものがどいうも信用できない。行くと、
「今日の便は午前で終わりよ。明日まで待っ
て。」
という。本当にそうかと聞くと、なぜか向こうがイライラしてくる。この旅行会社には嫌気がさしたので、もうすぐにその場を去った。今は夏。シーズン真っ盛りである。たくさんのフェリーが往来していると何かのガイドブックに書いてあった。必ずあるはずである。
しばらく歩くと、再び旅行会社が現れた。そこの人に聞くと、明日ならあると言うが、
「今日はもうフェリーはないか。」
と聞くと、電話で確認してくれ、今から1時間後に出るフェリーならあると教えてくれた。
「ただ、そのフェリーが出る港へは今からじゃタクシーじゃないと間に合わないよ。」
と言う。仕方ないのでタクシーでその港に向かった。

トルコにおける全ての旅行会社の人が悪いわけではなかった。この旅行会社の人はとても良い人だった。大事なのは良し悪しの見極めだろう。最後に良い旅行会社に会えてよかった。

「ギリシャへ」
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港へタクシーで15TL(1050円)、およそ25分程で着いた。タクシーのおじさんに、小さな小銭を混ぜたトルコリラを払うとなんだか不機嫌そうにしていた。最後ま
で嫌な気分にさせられる国である。

ロドス島へは、運賃が35ユーロ、税金が14ユーロだった。税金が高い。

船で国境を渡るのは初めてだ。船乗り場では、空港と同じようにセキュリティーチェックが行われた。パスポートにもスタンプが押され、いよいよギリシャに向けて出国だ。空港と同じように港にも免税店が並んでいたが、私は何も見ることなく船に乗った。
ロードス島
「ギリシャ:ロードス島到着」
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船は一時間程でロードス島に到着した。高速船なので比較的早く着くことができた。後で聞いた話によると、フェリーだとなんと3時間半も掛かるのだという。高速船に乗れた私はとてもラッキーだった。

ギリシャのパスポートチェックに入る。ゲートはEU市民とその他の国民のに分かれていた。EU市民のゲートはすぐに列が開いたので、列の最後の方に並んでいた私は、空いたEU市民のゲートで入国管理官に入れてもらうことができた。

次に荷物チェックだ。ここの荷物チェックは厳しかった。私のザックはとても大きかったので、ザックの底の方まで調べあげるためにすべて荷物を出す羽目になったのだ。隣の観光客は、トルコの免税店で買ったたくさんのたばこをギリシャへ持ち込むことができないと言われていて困った様子だ。きっと免税店で何も言われなかったのだろう。売るためには客のことを考えないトルコである。

「ペンション・ナソス」
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港を出て、私はあまりユーロを持ち合わせていなかったのですぐにATMへ向かった。私は国際キャッシュカードを利用している。別にレートが良いわけではないが、クレジットカードや現金で持つより安全だからだ。

港を出ると、2、3人の親父がホテルはもう決まっているかと客引きしてくる。私はまず次の島に行くフェリーを探したかったので、
「今フェリー探してるからあとでね。」
と言って断っていたが、ある親父が、
「ドミトリー(共同部屋)で一泊10ユーロでどうだ?」
といってきた。10ユーロと言えば、日本円で1300円程である。とても安い。私は迷わずこの親父の言うホテルに泊まることにした。

親父は、私の重たいザックをスクーターの足元に置き、
「後ろに乗れ。」
と言ってきた。そして私たちはスクーターに2人乗りしてホテルに向かった。

途中、警察官の前を通ったが何も言わない。ギリシャではスクーターの二人乗りが認められているのだろうか。

私達は港から15分ほどでホテルに着いた。ホテルの名前は「Pension Nasos」。なんだか見た目がとてもボロい。いかにも怪しげな雰囲気である。

中に入ってドミトリーの部屋を見せてもらった。そこにはすでに、中年の太ったおばさんが横たわっている。ベットを見ると、マットにシミが付き、虫が喰ったような穴がたくさん空いている。部屋にはテレビがあるが、傾いているテレビ台に載り、少しでも触ったら落ちそうな雰囲気だ。

10ユーロという値段の安さに魅かれてこのホテルに決めたが、これはひどい部屋だ。でもギリシャにおけるホテルの市場価格をよくわかっていなかった私はとりあえずここ「Pension Nasos」に一泊することにした。

「世界遺産の街」
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私はナソス(Pension Nasos)に荷物を置き、街を歩いた。ここ、ロードス島の旧市街は街自体が世界遺産。後で聞いた話によると、イスラムとキリスト教の戦いの場の最前線であった砦なのだとか。街を囲む壁はとても厚く、簡単には壊れそうにもない。大砲では壊れないように設計されているようだ。

街全体が遺跡であり、皆遺跡の中で暮らしている。まるで迷路のように小さな路地が広がり、目印を覚えておかなければすぐに迷ってしまいそうだ。通りの石畳に使われている石は丸くて長いので、道はとてもでこぼこしている。歩く度に足のツボが押されうようである。

トルコから船で一時間しか掛からなかったのにも関わらず、雰囲気は一転。街全体がとてもロマンチックである。私はすぐにこのロードス島を気に入った。

「ギリシャの食べ物」
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遺跡が広がるのは旧市街まで。旧市街を出ると、すぐに新市街にでる。新市街は大きな都市とは言わないが、多くの人でにぎわう栄えた街であった。私はお腹が減っていたので、夕食をとるためにに何か良い店がないかレストラン街を探した。トルコもそうだったが、ギリシャのレストランは店の中に席を設けるのはわずかで、席のほとんどが外に設置されている店が多い。それだけ雨が降らないということであろうか。

私は店に入る前にメニューを見て、安くてボリュームのあるケバブのようなものがおいしそうだったので、店に入ることにした。値段は2.5ユーロ(325円)。ピデというらしい。頼むと感じの良いおばさんがすぐに持ってきてくれた。

ピデの中身はボリューム満点。ポテトにカリカリに焼かれたビーフ、そしてサワークリームが入っていた。最初はとてもボリュームがあって良いと思っていたが、食べると徐々にその脂がしつこくなってきた。なにせ全て脂っこいものでできているのだ。無理もない。私は残すのが嫌いなので、残さず平らげた。しかし、すこし気分が悪いので、50セント(65円)のミネラルウォーターを頼んで口直しした。

周りの店を見ると、そのほとんどが、ひとつの皿に肉やシーフード、そしてフライドポテトなどの脂っぽいものが載ったものだ。そして必ずと言っていい程、サワークリームが載せられている。ギリシャ人はサワークリームが好きなのだろうか。本当に脂がたくさん載っているようだ。

物価はだいたいトルコの2倍くらいする。ギリシャに来ると、トルコの物価がいかに安かったかがわかる。最近必要ではないかと感じているサンダルなど、もっとトルコで買っておくべきだったと少し後悔した。

「差別」
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ピデを食べた後、私は近頃インターネットのチェックをしていなかったので、インターネットができる場所を探した。街の人に聞くと、インターネットカフェがあると言っていたが、歩いてもなかなか見つからない。しばらくすると、「internet cafe」の看板はあったが、どうやら潰れているようである。街の人はこのことを言っていたのだろうか。

もうしばらく歩いていると、無線LANが無料で使えるカフェを発見した。これはいいと思い、私はちょっと奮発してHeinekenの缶ビールを3.5ユーロ(455円)で買い、自前のパソコンをインターネットに繋いでメールのチェックをした。

気がつくとカフェに入って3時間程経っていた。時間は9時。あたりはもう薄暗い。初めて来た土地に一人で夜中を歩きまわるのは危険である。私は急いでホテルに帰ることにした。

帰る時に、トイレに立ち寄る際、地元のイケイケの集団がお酒を飲んでいた。私が通るのを見ると、なんだか馬鹿にしたように笑っている。いきなり意味もなく馬鹿にされたように笑われるのも腹立たしいが、変なことになっては困るので、私は急いでトイレに駆け込んだ。そしてトイレから私が出てきた瞬間、また馬鹿にしたように笑われた。これはアジア人に対する差別ではないか。私は確信した。

白人社会の中にいると、時々そのようなことがある。特に私のような眼の細い男は目立つのだろう。これが、私が海外にいるときに一番不快に思う瞬間である。

「ホテルへの帰り道」
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私はこの新市街がとても治安の悪い場所だということに気づいた。私は先ほど少なくとも差別のようなものを受けたのだ。特にアジア人の少ないこの島では、私はとても目立つだろう。そう思い、私は駆け足でホテルへ向かった。

新市街を抜け出し、旧市街である遺跡の街についた。旧市街に入ると、そこには治安の悪そうな雰囲気は全くなく、多くの観光客で賑わっていた。

私はひとまず安心し、ゆっくり歩き始めた。新市街と旧市街を隔てる城壁を抜けただけで、雰囲気がここまで違うのかと驚いたものだ。

「ホテルの英国人」
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ホテルに帰ると、一人英国人の旅行者が同じドミトリーに泊っていた。スキンヘッドでごつい体をし、とても鈍った英語を話してくる。聞くと、昔軍隊にいてアフガニスタンにもいったことがあるという強者だった。いかにもという風貌である。

私はイギリスにも行く予定なので、たくさんのイギリスの観光スポットを紹介してもらった。
「マンチェスターに住む人々は、女8人男2人の割合だよ。」
本当だろうか。なんだか盛って話す英国人のようだ。

彼はキリスト教徒であり、ここロドス島の教会に訪れたかどうか何度も尋ね、
「聖書を読みなさい。」
と繰り返してくる。宗教はどんなものを信じていてもその人の自由だし、多様性があったほうが良いと思うが、強制するのはどうかと思う。時々聖書を読まない人をまるで変人のような眼で見る人もいる。私はそのような人にはあまり近づきたくない。

さらに、この英国人、私の言えたことではないが、とてもいびきが大きいのである。暑さこの部屋の酷さに加え、このいびきの大きさ。当然、あまり眠ることができなかった。

タケノコ

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